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良くお邪魔している管理人さん宅で、おたふくかぜの脅威~。
えへん、何を隠そう!
私は、20代で、おたふくかぜに罹ったんです!
まあ、深窓の令嬢だったのねえ・・・。(しみじみ)
というわけではなく、小さい頃
単に罹る機会に恵まれなかっだけなんだけれど・・・。
ちょうど、内科に出向に行っていたころ、そこの内科は小児科も診療していて、
良く効く薬が出されるのでとても人気があった。
そのころの小児科は、
春ははしか、夏は水疱瘡、秋はおたふくかぜがはやるというのが定番だった。
今は感染症も季節感が無くなっている。
で、秋・・・。
おたふくかぜがはやりだしました。
そんな或る日、左の耳の下が痛い。。。
耳鼻咽喉科に行ってもいいけれど、出向先の先生に診てもらうと、
「うーん、片方しか腫れないからただの耳下腺炎かな・・・。みづきさん様子みないとわかんないねえ。」
今は、両方の耳下腺が腫れなくてもおたふくかぜということもあるから、片方だけ腫れても要注意だ。
刻々と、状態が悪くなり左耳下腺はパンパンに腫れあがり、痛みが増す。
血液検査もすることになり、至急扱いで結果を出してもらった。
結果が出た頃には、両方の耳下腺が腫れて硬くなり、特に左に顔を向けられなくなってしまった。
血液検査で、アミラーゼは桁違いに高くなり、検査室からは、
「みづきさん、急性膵炎??」
膵炎も併発。
顔はまるで、おたふくの面そのもので、耳下腺は痛いし、難聴気味になり、体はだるい。
薬を出されても、症状がなかなか軽くならない。
子供は軽く済むのに、大人になって罹るとひどいというのを身を持って体験したのだった。
結局、腫れが引きだしたのは、罹患後10日くらい。耳下腺部分が柔らかくなり元に戻ったのは、
実に2ヵ月後くらいだった。
子供からうつると本当に怖い。
全く貴重なというか、痛い体験だった。。。
ウチの門かぶりの赤松についた芋虫のような毛虫は、検索したところ
「マツカレハ」の若い幼虫だったらしい。
いわゆる、松くい虫。
6月から10月に成虫が卵を産み、孵った幼虫は10月ごろに幹で越冬するんだそうな。
よく松にコモを巻きますがアレをやると良いんですな・・・。
春になったら、コモをはずして燃やして一網打尽です。
土曜日に続いて、日曜日も退治する。
ひときわ大きな糞が落ちていて、おもわず緊張する。
上を見上げるとすごい勢いで、松の枝の部分を食べている大きな芋虫!
高い位置にいるので、連れ合いに頼んで棒でつついて落としてもらったのだけれど、
これがしっかと枝にしがみついていてなかなか離れない。
やっと落としてもらって見たところ、体長は約5センチ、毛が生え始めていて
尻尾の付近にピンと角が立っている。
あたりを見たけど、そのほかには、この大きさの虫はいなかった。
まあ、その後は2.3センチの芋虫をとりまくり。結局123匹でしたなあ。
土曜日より少ない感じでしたから、土曜日は少なくも150匹は取ったと思われます。。。
図鑑で成虫の写真を見たら、すごいインパクト~。
6月に消毒した蘇芳の木も、毛虫の発生2回目だし。
あちこち木の実がなっているから、鳥も毛虫を食べにきてくれない・・・。
もうしばらくやりたくないなー。
これ以上、目に付きませんようーに・・・・。
違うわ、これ以上発生しませんように。。。
芋虫はその後マツカレハではないと判明。
詳細は9月15日のブログ
試そうと思って、材料をたしかめようとしたら・・・・・・・・。
小麦粉がなく、ベーキングパウダーは期限切れ!!

考えてみたら、しばらく小麦粉を買っていない。我ながらすごいなあ。。。
天ぷらは、いただいた天ぷら専用の天ぷら粉で揚げていた。
から揚げは、片栗粉で作り、お好み焼きはいただいたお好み焼き粉で作った。
元々揚げ物をあまり作らないので、頂き物で済んでしまっていたというわけだ。

そして昨年は、小麦粉を使うお菓子は、ほとんどか或いは全然作らなかったということ・・・。

あれっ?年末にクリスマスケーキは作らなかったんだっけ???
うーん、定かでない記憶。たしか、ベークドチーズケーキは作った。中華蒸しカステラも作ったぞ。
いつ、小麦粉が切れたか・・・。

数年前までは、お菓子がいつでも作れるように、
小麦粉、全粒粉、ケーキ用のマーガリン、バター、生クリーム、ベーキングパウダー、クリームチーズ、ゼラチンが常備されている台所だった。
それが何で、揃わなくなったか?
考えてみるとウチの場合、大量にお菓子を食べられるのは男性連なのだが、忙しくて食事を一緒に取れにくくなっている。夜遅くだとお菓子も食べない。→余る。
それで、ホールスタイルで作るのは止めて少し作るという方式に変わっていったが、
そのうち私の腱鞘炎が悪化して、泡だて器を使うのが困難になってきたので
作らなくなったのだった。

あーそうだった。
昨年のクリスマスは、ローストチキンを作るだけにして、ケーキは買ってきたのだった。冬に入る前に小麦粉はなかった。
そろそろ、小麦粉をそろえて、「手作りのお菓子を少し作る」という方向に持っていくことにしよう。
少し作るならば、手の負担も違うし、余ることもない。
何より、作りたてを食べられるのだし・・・。

今年、2回目の発生である。
9月の今頃何故???
まあとにかく、目に付く毛虫だけでも、とらなければ・・・。
蚊取り線香を用意して、首にタオルを巻き、帽子をかぶって、割り箸と毛虫を入れるビニールの袋を持っていざゆかん。
毛虫を取って、袋に入れるときに、1匹、2匹、と数えていたのだが途中であまりの多さにうんざりして
数えるのは止め。
こんなにいるの・・・・・。
松葉が生えている枝の部分があか剥けになっているところにたくさんいる。自分は松葉ですといわんばかりの格好で、まっすぐ松葉に引っ付いている。
今日は、手の届くところまででおしまい。
100匹以上は取っただろうか・・・。
体長1センチから、3センチくらいまでの若い幼虫だ。これが大きくなるととんでもないような柄の、毛がたくさん生えた派手な毛虫になるのだ。うえーー。
ビニールの中は松ヤニの匂いがする。
取りきれないようなら、植木屋さんを頼むしかないなあ。
9月に発生するなんて、今までなかったのに、やっぱり温暖化の影響だろうか。
いちばん小さい金魚は元気である。
さっき測ってみたら3.4センチなり。
3年未満だった金魚がこの小さい金魚を残して全滅してしまったので、
水槽に1匹。
連れ合いが、
「1匹じゃ可哀想じゃない?」
という。
うーん、まあそうなんだけど、もう1匹真面目に買ってきても、
一緒の水槽に入れるのが怖い。
この場合の「真面目に買ってくる」は、
金魚すくいではなくペットセンターに行って、これはと思う金魚を物色し、
「これだ!」という金魚を選んだら、お店の人にすくってもらって買うという意味です。
3年以上の金魚の水槽とどじょうの水槽は、別のところに置いてあるのだが、
そこに、この小さい金魚の水槽を置くスペースはないので、
人の出入りが激しい洗面所に,1つぽつんと置いてある。
このままの方が、長生きしそうな気がする。新しく買ったとしても、別の水槽に入れて
2つ水槽を並べて、お互いが見えるようにするとかね。お見合いのように。
人懐こい金魚なので、1匹じゃないほうが良いとは思うのだけれど、
今のところ踏ん切りが付かない。
1匹選ぶのも、これが結構大変。
何匹も買うならそうでもないかもしれないけれど、1匹だと特に失敗したくないので
気を使うのだ。
それに、水槽を増やしたくないという事情もある。
水替えが結構負担なのだ。
でも、新しい金魚も魅力だし・・・・・・・・。
迷いの秋に突入か・・・。
出かける用意をしていると、
「〇〇〇サロンです。」
という電話がかかってきた。
すぐ、電話を切ろうとしたのだが、こちらの反応も聞かずに説明をはじめたというか、説明書を棒読みにしているのでとりあえず聞く。
「ただいま、キャンペーン中で、2500円でお肌の状態が良くなるコースを行っております。・・・・・」
かいつまんで言うと、
普段10000円の美顔コースが2500円で行えるということだった。
しかも、その美顔コースは、2時間半!!

うーーん、美顔のために150分というのはすごいなあ。
一生懸命説明書を読んで、つっかえつっかえ、なまりながら説明してくれたのでむげに断るのもなあと思って
最後まで聞いた。
「とてもつるつるになって、しみ、シワが目立たなくなります。」
うーん、そうでしょうとも2時間半も何かやっていれば、一皮も二皮もむけちゃうんじゃないかしらん。
施術してもらって何も結果が出なかったら、何のための時間かということになってしまう。

我が友人のところにも同じような電話がかかってきて、
「そんなことしなくても、充分きれいなので必要ありません。」
と断ったのだそうだ。。。

友人は自然美人である。
私は、美人でもないし、しみ・シワもあるけれどエステには興味がないので、
丁重にお断りした。
電話を切ってから、よーく自分の顔を鏡で見て、
「ま、しょうがないやね・・・。」



時々お邪魔するブログの管理人さんが、「協調性」について触れていたので
私も考えてみた。
私が小学校のころ、通知表に「生活のようす」なる欄があり、
例えば、
「挨拶をよくする」「まじめに取り組む」などの項目が10~20くらいあって、
該当するものに〇が付いていたり、あるいはABC評価が付いたりしていた。
その中の1つに「協調性」というのがあった。(今は協力性)
私は、いつも「協調性がない」という方に〇が付いていたように思う。
中学になると、知恵が付いて来るので、
「私は協調性がないので・・・。」などと書くと、◎がもらえたりしたものだ。
明解さんを引くと協調というのは、
「相違点・利害などを譲り合い、共通の目標に向かって歩み寄ること」
ふうむ。学校の場合、たぶん友達と仲良くするとかいうことだと思うのだけれど、
私は別に友達と仲良くしないとか、好戦的というわけではなかったと思う。
ただ、女の子特有のグループには所属していなかった。
グループに属すると、他のグループの悪口を言うというのが多かったので、
そういうことができなかった私はグループに所属できなかったのだ。
つまり、一人あるいはグループに属していない子供たちと一緒にいることが多かった。
今月も祈莉さんのテンプレートをお借りします。

舞茸とインゲン、ナスの炒め物をするときに思い出す一文がある。
吉本ばななさんの「キッチン」である。
「私のネックは性格のがさつさにあって、ちゃんとした料理にそのことがあれほど
マイナスになるとは考えてもみなかったことだった。」

これを読んだ時は、ぎょっとした。

まさに、私のことじゃないの。

炒め物をする時に、もうちょっと炒めれば味がしまるのに~というところで火を止めてしまう。
待てないのだ。
もう少し待てば、水が良く切れるというときでも、切れないうちに使ってしまったり・・・。
でも、この本を読んでからは、丁寧に作るようにしている。
舞茸とインゲン、ナスの炒め物。我が県では「ちたけ」が出る頃には、舞茸の代わりに「ちたけ」を使う。
でも最近、栃木産のちたけは高値で、小ぶりのちたけ3~5本で2000円くらいするので、
とても手が出ないし、舞茸でも充分美味しい。

この炒めた汁で、うどんを食べるととても美味しいのだけれど、今日はうどんではない。
他のメニューは、冷やし中華(きゅうり、わかめ、みょうが)、梅酢と大葉のミニおむすび、おくらのおひたし、ミニトマトだった。
最近料理を作るのに心がけていることは、料理の味をちゃんとイメージしてから作るということ。
ちゃんと味をイメージしないと、せっかくの料理が中途半端な味になってしまうからだ。
せっかく作るのだから丁寧に、そして美味しくなるようにと念じて料理をするこのごろなのです。

見つけにくいものですか~♪
見つけにくいものというのは例えばどういうものだろうか?

いや、それはおいといて・・・、2,3日前に母が箸がないと言う。
お昼ごはんの時には使ったのを覚えているという。
その時に使った食器は、洗ってあるが箸だけ見当たらないのだという。
???何で?
ウチで探し物をして見つける確率が高いのは私である。(エヘン)
まあ、いばらなくてもどこの家でも主婦が一番物のある場所を覚えているからね。
それにしても、箸ってどこに置くかな?
また冷蔵庫か・・・。
「また」というのは、以前母が見つからないといってきた包丁が冷蔵庫に入っていたことがあるのだ。(危険!)
なぜ冷蔵庫だったかというと、母はリンゴをむいて皿に盛って冷やそうとしたわけです。
で、むいたリンゴが載っている皿に、包丁が一緒に盛られていたわけですわ・・・。
また靴箱の上か・・・。
以前母は、靴箱の上に飲みかけのお茶の入った湯飲み茶碗を置きっぱなしにしたのだ。
で、冷蔵庫を見たけれど見つからない。靴箱の上にもない。
置きっぱなしにしそうなところは見たのだが見つからなかった。

仕方がないので、夕飯は新しい箸を使ってもらった。
でも、箸が使い慣れないので食べにくそうだった。
元々食が細いので、食べにくいと尚更食欲がわかなくなってしまう。
食器を片付けたあと、改めて皆で探したけれど見つからないので
まあそのうち出てくるでしょうと探すのは止め。
そして次の日に、あった!

朝、台所に入って金魚にエサを与えようとしたら、エサの隣に
母の歯ブラシが入っているカップが置いてあった。
この歯ブラシ入れのカップに歯ブラシと共に箸が入っていたのだった。
母にさっそく伝えると、恥ずかしそうな顔をして「アラッ」。
まず、良かった良かった。あー、やれやれ。まあ、見つかったので良しとしましょう。。。

まだまだ台風が遠いと思っていたが、今朝から風が強い。
被害がないといいけれど・・・。
大原麗子さんが亡くなった。私の好きな女優さんだったのでとても残念だ。
私が、小さい頃、よくドラマに出ていたのは、
浅丘ルリ子、大原麗子、加賀まり子のお三方だった。
そのころ「冬物語」という一世を風靡したドラマがあった。
浅丘ルリ子さんと大原麗子さん、それに原田芳雄さんが出ていた。
浅丘さんが夫を亡くした未亡人で、原田さんと恋に落ちる。
大原さんは原田さんの妹役だった。
この妹役の大原さんが、お兄さん役の原田さんを恋い慕っていて付きまとう感じだった。
中でも、「アニキ」と呼ぶ声が、かのハスキーボイスに甘さがかかって
なんともいえない雰囲気だったのを思い出す。
大原麗子さんは、きれいでちょっと毒もあって、でも可愛くてという印象があった。
受験間近だというのに、このドラマははずすことなく見た。
ドラマ放映の次の日は、クラス中がこのドラマの話で持ちきりだった。
恋には邪魔が付き物で、人であったり病気であったりして、キャストの1人が死の病に罹ったときには
テレビ局に助命嘆願が殺到したと聞いた。
身近な我が友人もはがきを出したと言っていたから、あのドラマはすごかったのだ。
フォー・クローバースの歌も、哀しくてドラマを引き立てていた。
あの頃が懐かしいなあ。
大原さんのご冥福をお祈りします。
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金魚、泥鰌、メダカ、なまず、オカメインコと暮らしています。
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